研究と実験の違いを知ろう!大学院に進学する前に考えておくべき大事なこと

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どーも!clameyes (@clameyes39)です!

大学院進学を考えていたころ、後輩から「研究と実験って結局なにが違うんですか」と聞かれて、すぐに答えられなかった記憶があります。普段なんとなく使い分けている言葉ほど、いざ説明しようとすると詰まるものです。

そこで今回は、私なりに「研究」と「実験」の違いを整理してみます。

研究と実験の違いを一言で言うと

先に結論を書いてしまいます。

「研究」は事実や真理を明らかにする営み全体を指し、「実験」はその中で「条件を制御して現象を観察・測定する一工程」のことです。つまり、実験と研究の違いは「一工程か、営み全体か」にあり、研究という大きな枠の中に実験が含まれます。

図にするなら「研究 ⊃ 実験」です。仮説を立てるのも、結果を考察するのも、結論を出すのも研究の一部ですが、実験はそのうちの「実際に手を動かして試す」ところだけを指します。

だから研究は必ずしも実験を伴いません。机に向かって書物を読み比べるだけの研究もあれば、装置を動かして測定する実験中心の研究もあるわけです。

辞書定義で確認する「研究」と「実験」

一言の違いを示しましたが、本当にそう言い切れるのか、それぞれの辞書定義を見ながら確認していきます。

「研究」の定義

[名](スル)物事を詳しく調べたり、深く考えたりして、事実や真理などを明らかにすること。また、その内容。

コトバンク

この定義のポイントは「何かをして事実や真理を明らかにする」という部分です。手段は問われていません。

だから実験をしなくても研究は成立します。たとえば文学なら、特定ジャンルの書物を複数読んで比べる「比較研究」があります。

これは実験をするわけではなく、知られている本を読み比べて考察し、まだ誰も気づいていない事実や見方を明らかにする営みです。皆が気づいていなければ、それは立派な新規の発見になります。

もちろん条件を絞って比較すること自体を「実験」と呼ぶ言い方もできますが、一般には比較は「研究」という文脈で語られることが多いです。

「実験」の定義

「実験」のほうは、辞書によって少しニュアンスが違います。

科学寄りの定義としては、ブリタニカ国際大百科事典が次のように説明しています。

事物をあるがままに観察するのではなく,人工的に制御された一定条件下で選択され用意された対象に起る現象を観察あるいは測定すること。

コトバンク

一方、もう少し平易なデジタル大辞泉の定義はこうです。

事柄の当否などを確かめるために、実際にやってみること。また、ある理論や仮説で考えられていることが、正しいかどうかなどを実際にためしてみること。

コトバンク

両方をまとめると、実験とは「制御した条件のもとで、確かめたいことを実際に試して観察・測定すること」になります。あくまで「試して観察する」一工程だという点が、研究との大きな違いです。

炭酸水の具体例で実験を体感する

言葉だけだと分かりにくいので、身近な例で考えてみます。

サントリーの炭酸水を飲んでいて、前に飲んだアサヒのほうが炭酸が強かった気がしたとします。

でもそれは、開けてから飲むまでの時間が長かったせいかもしれませんし、直前に食べたチョコレートで感覚が鈍っていたせいかもしれません。

この状態では本当に炭酸を強く感じたのか分かりません。自然のままに感じただけなので、これは実験とは呼べないわけです。

そこで、サントリーとアサヒの炭酸水を両方そろえて、同時に、しかも何も食べていない条件で飲み比べます。これが実験です。

試して初めて「自分はサントリーよりアサヒの炭酸水のほうが炭酸を強く感じる」という結果が出ます。

これは科学実験と呼ぶには曖昧さが残りますが、何かを飲み比べる方法は「官能試験」という立派な試験手法でもあります。本格的にやるなら複数人で調べたり、もっと条件を絞ったりする必要がありますけどね。

要するに実験とは「特別な条件を用意して試してみること」だと言えます。

なぜ「実験」は「研究」の一部なのか

定義が分かったところで、最初に書いた「研究 ⊃ 実験」がなぜ成り立つのかを、研究の流れに沿って見ていきます。

実験をする場合の研究は、研究テーマの発案、つまり仮説の考案からスタートします。仮説は、さまざまな知見を調べたうえで現状こうではないかと考えられることです。

その仮説が本当かどうかを調べるために実験をします。だから仮説や目的の設定そのものは、実験には含まれません。

典型的な理学系の論文構成で言えば、論文は「背景・目的・方法・結果・考察・結論」に分けられます。

研究背景を述べ、そこから見えてきた目的(仮説)を立て、それを調べる方法を記し、実験をした結果を載せ、考察して結論を出す、という流れです。

この中で実験にあたるのは「方法」と「結果」の部分だけです。前後の背景・目的・考察・結論は、実験ではない研究の領分になります。

研究力とは結局「考える力」

研究と実験の違いをwebで調べてみると、こんな捉え方をしている人もいます。

これはおそらく、研究者として仕事をするために必要なことという文脈で書かれたものなので、今回の記事とは少しニュアンスが違うかもしれません。それでも「実験」と「研究」を分けて考えている点は共通しています。

ここではマネジメントや共同研究の交渉、予算の獲得、論文書きが挙げられています。確かにどれも重要です。

ただそれらは研究者として仕事をするのに必要なもので、研究そのものに必要な力とは少し違う気がします。仕事でなくても、趣味で研究することはできますからね。

だから私は、研究する力とは論文を構成する「背景・目的・方法・結果・考察・結論」を回す力だと考えています。

さらにあえて実験を除けば、「背景・目的・考察・結論」を回す力とも言えます。

これを一言でまとめるなら「考える力」が一番しっくりきます。ある教育系の専門家は、「考える」ことを次のようなプロセスだと述べています。

「自分の言葉で語れること(What)」「疑問に思うこと(Why)」「手段や方法を思いつくこと(How)」のいずれかのことをしているときに、「考えている」という状態になる

東洋経済 ONLINE

「自分の言葉で語れること(What)」は研究背景にあたります。詳しく知らないなら調べる力も要ります。

「疑問に思うこと(Why)」は研究目的を立てるための力です。何も疑問に思わなければ仮説は立てられませんし、実験が失敗したときにも手が止まります。

「手段や方法を思いつくこと(How)」は実験手法を考える力です。

人が何かを考えることと、研究をすることは、ある意味で同じことなんですね。

大学院進学前に「実験だけ好きか/研究も好きか」を考える

ここまでが定義の話です。では、なぜ大学院に進学する前にこの違いを意識しておく必要があるのでしょうか。

それは、自分が大学院での研究に向いているかを見極めるためです。

私が博士課程にいたころ、「研究が好きだから」という理由で進学する後輩を何人も見てきました。

ただ見ていると、本当に研究が好きそうな子と、そうでもなさそうな子に分かれていました。

その違いを考えてみると、「実験」だけが好きな子と、実験以外の「研究」も好きな子に分かれていたのだと思います。

学部生のころは、研究と言いながらも、ほとんど決められたテーマをこなす研究室が多いはずです。それは研究と呼びつつ、実態はほぼ「実験」だけになっています。

だから「研究=実験」と勘違いしたまま進学してしまう。

ところが大学院、特に博士課程まで来ると、テーマを自分で考え、うまくいかなければ自分で修正し、と実験以外の部分が重くなってきます。主体的に動かなければなりませんし、教員もそこまでは助けてくれません。研究室の教育方針にもよりますが、実験だけさせて修了できてしまうところもあるくらいです。

実験しか好きでない人は、ここで嫌になってしまうのかなと思います。自分で疑問を持ち、調べ、実験方法を考え、考察する。こうしたプロセスがあまり好きでない人もいます。

だからこそ進学する前に、自分が好きなのは「実験」だけなのか、それ以外の「研究」も好きなのかを、一度考えてほしいのです。

もちろんこれはあくまで私の主観です。他の人にとってはまったく違う見え方かもしれません。それでも、進学する前に自分がやろうとしていることを深く理解しておくのは、無駄にはならないと思います。